タイ正月である「ソンクラーン祭」(4月13日)が近づいてまいりました。タイ国の著名な民俗学者であるアヌマ-ン・ラーチャトン博士はソンクラーン祭に関して詳細なる記述を残しております。その訳本『タイ民衆生活誌』(井村文化事業社刊・森幹男訳)より、抜粋ながら、以下に転載させていただきます。
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1) ソンクラーン祭の起源
 ソンクラーンは、本来、サンスクリット語起源の言葉で、"通過する"、または"移動して入って行く"という意味である。ここでは、太陽が通過、もしくは移動して、「十二宮運行域」(チャクラ・ラーシー)中のいずれかの「宮」(ラーシー)に入って行くことを意味する。(途中略)太陽が「宮」の一つから別の「宮」へと移動し、<上昇>して行く日時を、「ソンクラーン月」という。
「十二宮」の別に応じて、1ヵ月が経過するためである。
 但し、太陽が白羊宮に昇って来る日時である4月という月にかぎり、これを特に「大ソンクラーン」(マハー・ソンクラ-ン)と呼称する。何故なら、この月は、新年の開始の時期にあたると理解されているためである。
人々は、新年の元旦にあたる月日にだけ興味を示すところから、一般にソンクラ-ンと言えば、もっぱらこの「大ソンク ラーン」の日のことを指すようになった。(途中略)
サンスクリット語では、この季節を「ワサン」(春)と呼ぶ。
昔、春分の日、すなわち太陽が白羊宮に向かって上昇をし始める春のはじまりの日である
「春分の日」は、ちょうど、4月13日、つまり、ここで言うところの「大ソンクラーン」の日に相当した。
現在では、天文学でいうところの「歳差」運動の結果、春分  は、3月21日へと移行しているが、しかし、タイ国をはじめ、  その他の国々にあって、4月13日は、 以後、太陽暦にもとづく「伝統正月」として確固たる位置を占めて、今日に至っているのである。(途中略)
2) ソンクラーン祭の意義
 春という季節は、タイには無い。あるのは、夏期、雨期、寒期という三つの季節である。寒期が過ぎ去ると、次に来るのはたちまち夏である。こうした時、インドの春に行われる「ソンクラーン祭遊び」が私たちの国に採り入れられ、馴染みの深い祭りとなったのには、もちろん、それなりのわけがある。つまり、我が国では、人々のほとんどは農業で生計を立てていた。この期間は、タイの農民にとっては、ちょうど、農閑期にあたる。そこで、ソンクラーンの日を、彼らは最大の善徳積みの日とみなし、誰もが皆、托鉢・布施行に励んだ。それが終わると、あとは、皆んなで様々の娯楽に興じる。これを「ソンクラーン祭の遊び」といい、我が国にかぎらず、ビルマ、カンボジア、ラオス等の全域にわたって広く観察される古来からの慣習なのである。
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